学校を休んでいるのに子どもが一向に回復しないという状況は、不登校のご家庭ではよくあることです。
実は不登校で学校を休めてても、心まで休めているとは限りません。
本記事では、家庭で子どもの心が休まるために必要な「心理的安全性」の考え方と、親の関わり方を整理しています。
「休めているはずなのに…」
学校に行っていないのだから、少しは楽になっているはず。
そう思いながら、子どもの様子を見ているも、「良くなっている感じがしない」と思うことはありませんか?
- 朝になると起きられない日が続く。
- 朝になると体調が悪いと言う。
- 家にはいるけれど、表情は硬いまま。
- 声をかけても、短い返事しか返ってこない。
学校を休ませるという判断は、決して簡単ではなかったはずです。
それでも子どもの変わらない様子を見て「このままでいいのだろうか」という不安を感じている保護者は決して少なくありません。
不登校は、身体は休めても「心は休めていない」ことがある
ハートスクールの交流会では、不登校を経験した人たちが、自分の当時の状態を振り返りながら語り合いました。
そこで多く聞かれたのが、次のような言葉です。
「休んでいても、心はずっと落ち着かなかったです」
「学校に行っていない自分を、頭の中で責め続けていました」
学校に行かないことで、朝の緊張や人間関係の負担から距離を取れるという心に役立つ面は確かにあります。
けれど同時に、「学校に行っていない自分」をうまく認めることができず、心の中では不安や緊張がいっぱいだった、という言葉に「分かる」という共感の声が集まりました。
そこから考えると不登校の時間は、
身体は止まって見えても、心は止まれていない
そんな状態にあるといえるかもしれません。
なぜ、家にいても心が休まらないのか
「家にいるのだから、安心できているはず」
そう考えるのは、自然なことです。
しかし当事者の声から見えてくるのは、「家にいること」と「心が休まること」は、必ずしも同じではない、という現実です。
「誰かに責められていたわけではありません。でも、ずっと『このままでいいのかな』という感じがありました」
学校、同級生、将来。
誰かに言われたわけではなくとも、今までの経験から「普通はこう」「これからどうなるんだろう…」という考えは、空気のように子どもの中に入り込んでいきます。
その「空気のように当たり前にある『普通』」という、今まで自分の身の回りにあった考えが、子どもにとっての重荷になることがあるのです。
その『普通』を重荷に感じている状態では、家にいても気持ちは張りつめたままになります。
家庭が「心の拠り所」になるために
ここで一つ、整理しておきたい視点があります。
それが「心理的安全性」です。
心理的安全性とは、
うまくできなくても、元気でなくても、ここにいていいと感じられる状態のことを指します。
不登校の子どもにとって、家庭は最も長い時間を過ごす場所であり、心理的安全性の影響を強く受けます。
心理的安全性といえば、社会では誰かの行動を認めるような声掛けをするといった紹介をされることがありますが、不登校については前向きな言葉をかけ続けることや、何かを改善し続けることが子どもの負担につながることも少なくありません。
むしろ、家庭においては今までと変わらず特別扱いされないことや、気分のアップダウンが少ない環境であることが、心理的安全性を高めていくことにつながる場合があるのです。
家庭で心理的安全性を高める関わり方
心理的安全性を高めるために、特別な「支援」や「声かけ」が必要なわけではありません。
不登校の子どもに対しては、次のようなものも大きな支えになります。
「分からない」を急がせない
不登校の理由を、子ども自身が説明できないことは珍しくありません。
理由を求められ続けると、「学校には行きたいのに、なぜか具合が悪い」「どうにかしたいのに、自分ではどうしようもできない」という子どもの考えのギャップから『理由が分からない・できない自分』を責めてしまうことがあります。
不登校を経験した人の中には、「今考えれば精神的なものが要因だと思うけれど、当時は分からなくて、それでまた自分が『普通』と違うという感じがした」という考えを持っていたそうです。
そのため、「今は分からなくても大丈夫」と受け入れる姿勢が子どもにとって必要になる場面があります。
その姿勢が、子どもの心の緊張を和らげることに繋がることでしょう。
「家にいる」状態を、過度に問題にしない
家にいる時間が長くなると、不安になるのは自然なことです。
ただ、その親の不安が強く表に出ると、その空気が子どもに伝わることで、家そのものが落ち着かない場所になってしまいます。
また、不安が強くなればなるほど、親の方が疲れてしまうこともあるでしょう。
そうなると、子どもだけでなく、家庭の心理的安全性が低下してしまうことにつながっていきます。
そのため、家にいることを不安に思うだけではなく、動けない時期があることも一つの子どもの成長の過程として捉えることが必要です。
沈黙の中でも、関係は続いていると伝える
不登校の中で毎日一緒にいると、真新しいことに出会うことが減っていく関係で、会話量が減ることが考えられます。
そのように会話そのものが少なくなっていく中でも、関係が切れていないことが子どもに伝わることは、とても重要です。
- 食事が用意されている。
- 家族の予定など、必要なことがちゃんと伝えられる。
- 存在そのものが、扱われなくなることはない。
そのような今まで通りの当たり前が続くこと。
これもまた「ここに居ていい」というメッセージになります。
それでも不安になる保護者の方へ
不登校を経験したAさん(仮名)は、
当時の家庭生活について、こう語っています。
「親に責められた記憶はありません。学校に行け、と言われたこともなかったと思います」
一方で、安心できていたかと聞かれると、Aさんは少し考えたあと、こう続けました。
「安心していた、という感じでもなかったです」
何が安心できないのか、その理由は当時はうまく言葉にできなかったそうです。
「何か言われていたわけじゃないので、自分でもよく分からないんです。だけど、今考えたら、自分が不登校という『普通』じゃない現状に悩んでいたと思います。『普通』になりたいけどなれない、そんなことを考えている自分の姿、そして、それを心配してどうにかしようとしてくれる親に申し訳なさを感じて、自分はなんてダメなんだろうと考えてしまい、それもまたストレスだったのかもしれません」
この語りが示しているのは、責められていなくても、安心できるとは限らないという現実です。
子どもは、言葉だけでなく、空気や雰囲気から周囲の不安や期待を感じ取ることがあります。
それは、保護者が悪いからではありません。
子どもを思うからこそ生まれる、自然な反応です。
ここまで、よく向き合ってきました
不登校という課題と向き合う中で、あなたは何度も考え、悩んできたはずです。
この関わりでよかったのか。
何か足りなかったのではないか。
そう問い続けながらも、子どものことを諦めずに子どもの居場所を守ってきた。
それは、簡単なことではありません。
「何もできていない」と思わなくて大丈夫です。
ここまで、本当によく向き合ってきましたね。
あなたの想いは、子どもにはちゃんと伝わっていますよ。
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