「学校に戻る」という執着を捨てる。不登校経験者・路場ネモさんが語る、世界との「距離の取り直し」

不登校

不登校という経験を、単なる「休養」や「挫折」としてではなく、社会における「再配置」のプロセスとして捉え直す――。元不登校VTuberであり、現在は通信制大学で教育学を専攻する路場ネモさんの視点は、学校教育のあり方に一石を投じる鋭い洞察に満ちています。

本記事では、路場ネモさんのインタビュー内容に基づき、保護者や教員の方々が不登校という現象をどのように理解し、向き合っていくべきか、そのヒントを「再配置の哲学」という切り口でまとめます。

1. 「不登校は必然だった」:狭すぎる「生徒像」の限界

路場さんは、自身の不登校を「必然的だった」と振り返ります。それは、本人の努力不足や性格の問題ではなく、学校や社会が前提としている「学校に通える生徒像」があまりにも狭いことに起因しています。

  • 想定されていない存在: 学校は「朝起きられる」「教室で座っていられる」といった特定の振る舞いができる生徒を「普通」として設計されています。路場さんは、自身の発達特性や社会不安障害、双極性障害といった要因により、その「普通」の枠組みから自身が「想定されていない」と感じていました。
  • 環境とのミスマッチ: 教室という「同級生がぎゅうぎゅうの空間」にいるだけで物理的に息苦しさを感じるほどの苦痛は、個人の性質というよりも、環境との深刻なミスマッチによるものでした。

教員や保護者は、不登校を「本人の問題」と捉える前に、まず学校というシステムがどれほど限定的な層をターゲットに設計されているかを再認識する必要があります。

2. 「再配置」の哲学:レールに戻すことへの疑義

路場さんが提唱する最も重要な概念が「再配置(さいはいち)」です。

不登校になると、周囲の大人は「どうすれば元のレール(学校)に戻せるか」という視点に立ちがちです。しかし、路場さんはこの「戻す」という発想自体が、当事者を苦しめる構造的な要因であると指摘します。

  • 「戻る」ではなく「離れる」ことの価値: 不登校において必要なのは、単に横になって休むことではなく、自分に合わない「間違った配置」から一旦距離を置き、自分が壊れずにいられる場所へ位置を調整することです。
  • マシな場所の複数性: 学校という一つの制度を絶対的な基準にするのではなく、図書館、本屋、Discordのサーバー、家庭など、その人にとって「マシな場所」が複数あるという前提に立つべきです。

「レールから外れた例外」として扱うのではなく、その子が最ものびのびと活動できる「ジム(居場所)」を社会の中に探していく。この**「配置の問題」として不登校を捉え直す視点**が、支援の鍵となります。

3. 「甘え」や「逃げ」という言葉の暴力性

路場さんは、不登校に対して使われがちな「甘え」や「逃げ」という言葉を「二重三重にヤバい」と痛烈に批判しています。

  • 構造的問題の個人化: これらの言葉は、環境や社会の側にある原因を無視し、すべての責任を個人に押し込める役割を果たします。
  • 居続けることの強制: 「甘え」や「逃げ」という評価は、その場に居続けること、同じ義務を果たすことが正しいという前提に基づいています。

不登校を選択することは、自分を守るための切実な「世界との距離の取り直し」であり、決して無責任な放棄ではありません。

4. 保護者・教員が知っておくべき「当事者の内面」

支援者が陥りやすい落とし穴についても、路場さんは自身の経験から語っています。

  • 「楽しいこと」と「苦しさ」の共存: 不登校の子供が趣味(アニメや漫画、SNSなど)を楽しんでいるのを見て、「遊んでいるなら学校に行けるはずだ」と判断するのは誤りです。路場さんは、大人の前で楽しさを出すと「苦しさが否認され、学校に押し戻される」という恐怖から、好きなことの話ができなかったと吐露しています。
  • 言葉よりも「環境の整備」: 路場さんが回復の過程で感謝しているのは、親からの励ましの言葉ではなく、食事や掃除、送迎といった「生活の基盤」を整えてくれたことでした。言葉による干渉(「今日は行ける?」など)がないことが、逆に心地よさにつながる場合もあります。
  • SNSという救い: 路場さんにとって、Twitter(現X)での批判的な思考の獲得や、同じような悩みを持つ人々の発信に触れることは、自分を客観視し、世界を相対化するための重要なツールでした。

5. 「学校への恨み」を学問へ変える力

路場さんは現在、かつて自分を想定していなかった「学校」という制度への「恨み」を原動力に、大学で教育学を学んでいます。

  • 歪みを正すために: 自分が不登校になったのは、教育システムの「歪み」のせいであると考え、その歪みをなくすために学問の道を選びました。
  • 例外を認められる社会へ: 何をやっても「例外」にされてしまう現状を変え、あらゆる人間が最初から想定されているような、柔軟で多層的な教育環境を構想しています。

結論:大人が持つべき新しい前提

路場ネモさんの物語は、不登校が「人生の終わり」ではないことを証明しています。中学・高校に行けなくても、高卒認定試験を経て大学で学び、自身の言葉で社会に発信することは十分に可能です。

保護者や教員に求められるのは、子供を「元の場所」に無理やり戻そうとすることではありません。

  1. 「学校というレール」を絶対視せず、相対化する。
  2. 子供を「間違った配置」から救い出し、適切な「再配置」を共に模索する。
  3. 「普通」という言葉に鍵括弧をつけ、その規範から子供を解放する。

子供が「ここに自分がいてもいいんだ」と思える場所を見つけること。そのために大人は、自らの価値観をアップデートし続ける必要があります。

さらに詳しく知りたい方へ

本記事は不登校支援コミュニティ「ハートスクール」のインタビュー動画をAIでまとめたものです。
動画内ではより具体的な話をしておりますので、ご覧いただけたらと思います。

また動画の内容についてAIがまとめたレポートを添付いたします。
不登校支援の一例としてご活用ください。

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関係リンク

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路場ネモさん
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